青葉市子「レースの向こう」
青葉市子『檻髪』(2010)より。
レースの向こう
レースの向こうに 佇むあなたの声
いつしか緑のうえで 花咲かせるよ
紡いだ瞬きを 温めたら
リボンの靴鳴らして あなたを愛でに行くわ
時には霖も 虹をかけたがらず
毛布に包まる 孤独の 髪も絡まる
繋いだ指先を 震わせたら
レースの向こうには 野原に迎える人が
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彼女は1990年1月生まれなので、私と同学年。
調べたら、顔も好きだった。
今日は雨。思いのほか体力を奪われ、帰ってからしばらくぼうっとした。
最寄り駅から家に向かうときに、どこかの会社の内定生らしい集団とすれ違ったりした。内定生は内定生の顔つきと格好をしている。周囲の目からは私もそういう風に見えているだろう。
今日は早く寝よう。
谷川俊太郎「無口」
谷川俊太郎『夜のミッキーマウス』(新潮文庫、2006年)pp. 56-58より。
無口
単純に暮らしている複雑なヒト
朝は七時に起きてピーナッツバタをぬったパンを食べ
平静な自分を皮肉な目で眺めて豚に餌をやり
足元のぬかるみを自分のからだのように慈しみ
机に向かって(鬱の友人に)投函しない手紙を書く
自己満足のかけらもなく自分を肯定して
意識下に埋葬されている母親のためにスミレを摘み
迷路はほぐしてしまえば一本道だから迷うのは愚かだと
明晰な古今東西の誌の織物を身にまとって
愛する者を憎みにのこのこ出かけて行く
話の種は尽きないけれど人前では無口
昼は多分そこらの街角でかけうどん一杯
どうしてどうしてと問いかける子どもは大の苦手
匂いと味とかすかな物音と手触りから成る世界に生きて
意味はどうすりゃいいんだいと困ったふり
欅が風に揺れていて雲がぽっかり浮かんでいて
なにかと言うと煙草を一服
もちろん何ひとつしないのが一番の贅沢だが
好きな枕を手に入れるためには働かなきゃなんない
鼻歌はいつもうろ覚えのオーバーザレインボウ
永遠も無限も人間の尺度にあらずと心得て
恋人の心理を小数点三桁まで憶測するのが喜び
夜はゴーヤで安い赤ワイン(デザートには多分バナナ)
風呂と布団にスキンシップの極意を極め
あとは日々の細部にビッグバンに連なるものを探すだけ